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ニュージーランドでの日々を書いています。

金欠の情弱がATM前で踊った話

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2020年5月中旬。

厳しいロックダウンレベル4の措置によりNZの感染者数はかなり抑えられ、ロックダウンレベルは4から3になり、3から2になろうとしていた。最高レベルであるレベル4は飲食店を含むほぼ全ての店が閉まるが、レベル3は店内飲食不可・持ち帰り可の営業であればオープンできる。レベル2は距離を保っての店内飲食が可能になり、飲食店はほぼ営業可能になる。

NZ全体としては先行きが明るくなっていく中で、私の目の前は真っ暗であった。主にお金に関して。

口座には現在300ドル弱(日本円にして約2万円)。なかなか崖っぷちである。しかもこちとら無職である。なかなか大変がけっぷちである。しかし日本の自分の口座にはまだ多少貯金がある。そこからクレカを使って海外キャッシングを試みれば残りのロックダウン中の家賃ぶんくらいはなんとかなるだろうと思った。というかなんとかなってくれないといよいよ崖から落ちて死ぬ。

銀行が開き窓口の営業が始まるのはレベル2になってからだが、エントランスの二枚ガラス扉のうち一枚目の扉は開いており、手前にあるATMは使用できることは以前散歩中に確認していた。(ちなみに街中にもATMはあるが、キャッシング機能のあるATMは銀行の内側にしかない)

レベルが下がったらきっと皆シティに出てくるだろうと踏んで、人気がまだ少なそうなロックダウンレベル2への移行前日に私は街に出た。君子人混みに近づかず、だ(そんな諺は無い)。
ただ、君子はきっと口座残高が300ドルになる前に銀行に向かうのだろう。
というかそもそも君子の口座残高が300ドルになることなどきっとないのだろう。

 

予想通り人がまだ少ない街を抜け、銀行に到着し、ATMにクレジットカードを入れる。
引き出せる上限が200ドルまでだったので、ひとまず200ドルを押してみる。
…ちゃんと出てきた。
いや押したので当たり前なのだが、なぜかあらゆる機械をボタンを押しただけで破壊したり、いざという時エラーになったりする私にとっては感動の瞬間であった。残金ギリギリかつ海外でロックダウン中といういかにも私が何か引き起こしそうな非常事態下、頼みの綱である機械が正常に作動するなんて。

さて、次はこの200ドルを現地口座に入れればいいだけである。クレジットカードを銀行のカードに持ち替えて、意気揚々とPINナンバーを押した。
開かぬ。
隣のボタン押しちゃったりしたか?と注意深くもう一回同じ番号を押した。
開かぬ。
「……」

ええいもう一回!と同じ番号を3度続けて入れた瞬間に気づいたが、私が入力していたのは食費・家賃支払いに使用している恋人との共同口座(他社銀行)カードの暗証番号であった。
つまり3度とも私個人のカードの暗証番号ではなかったのである。
2回弾かれた時点でカードを確認すべきだし、己を疑うべきだったのだが、なぜかその時の私は曇りなき眼差しで、前科まみれの自分を信じきっていた。
そして疑いもせず3度間違ったナンバーを入力した結果、ロックされた。具体的にはATMが「お前にこのカードを返すわけにはいかん」的なことを言って、カードを食ったままスンとなった。

 

ロックダウン中銀行残高3桁無職、銀行カードなし(←new!)
ここにきてステータス更新である。

 

 

 

………いやいやいや!
new!じゃないのよただでさえ崖っぷちにいたのに掴んでた崖が崩れたよ今!
えっこれ暗証番号が使えなくなるとかじゃなくカード自体が返ってこないの⁈
これ一体どうしたらいいの⁈

一瞬動揺したものの、ここは銀行のすぐ前のATMである。そして銀行は明日から営業なのである。ガラス越しに営業準備をしているスタッフが数人見えたため、手をブンブン振ってみた。
が、「いや明日からだから(笑)」みたいなジェスチャーと共に全然相手にされなかった。

………いやいやいや!
いやあの別にワタクシ曜日を勘違いして来ちゃったわけではなくて!
今私の横にあるこのATMが私のカードを食ったまんまで!
これ一体どうしたらいいの⁈

ガラス扉が歪まない程度にトントンとつついてみたり、
手をパタパタさせて謎のダンスを踊ってみたりしたのだが、
中のスタッフはしきりにソファを動かしていてもう全然こっちを見なかった。

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そりゃそうだ。踊る不審者より明日の営業準備である。
私はしばらく踊ったのち、注目を集めるのを諦めた。

動くに動けぬままその場でウロウロしていると、次の利用者がやってきた。
もう、全然わかんないからこの人に聞くしかない。
ただお金をどうにかしたかっただけであろう工事現場っぽい服を着たおじさんに、
「このATMさっきまで私使ってて、でもカード出てこなくなって、中のスタッフには聞けなくて、what should I do
的なことを半泣きで伝えたら、
「それもう明日の朝また来るしかないやつだよ」と残念そうな顔で言われた。

驚く様子のないおじさんの顔から「ひとまずこれは『超レアケース』というわけではないらしい」ということは分かって一瞬安心したものの、いやここは異国である、ひとまず別の人にも確かめようと思い、おじさんに礼を言って店を出た後、同系列の他店舗に向かった。

同じくガラス扉は閉まっていたものの、そこは扉のすぐ横にスタッフのいるデスクがあったため、ちょっと踊ったら今度はすぐスタッフが近づいてきてくれた。(人目を惹こうとする際に「踊る」しかコマンドがない自分が情けない)

先ほどATMがカード代わりにペッと吐いていったレシート的なものををガラス越しに見せたら、やはり残念そうな顔をしながら「それもう明日の朝また来るしかないやつです」と教えてくれた。
どうやら「明日行けばいい」のは本当らしい。疑ってごめん最初のおじさん。愚か者に教えてくれてありがとう。
そしてATMも別に壊れたわけではなく、正しい動作として私のカードを飲み込んだらしい。疑ってごめんATM。愚か者から守ってくれてありがとう。
セキュリティがしっかりしている証拠である。これは今後も安心だ。現に私の口座はこうして一人のバカから守られた。ただ唯一残念なのは、そのバカが口座主だという点である。
いつかは言ってみたかった台詞、「I'll be back.」を呟き私は現場を後にした。これを言う相手がATMになるとは、我が人生残念極まれり。一体今日だけでトータル何回残念そうな顔をされたのか。


というわけで、結局その翌日も、しかも早起きで銀行に行く羽目になってしまった。君子人混みに近寄らず、のつもりだったが、君子どころか自分の予想をはるかに下回るバカだったので仕方がない。だいたい、「違うよ」って言われてんのに三回同じPIN番号入れるの、もうバカとしか思えない。うっかり前科が多数あるのに毎度その自信はなんなんだ。

でも私は行かねばならない。愚かさの代償を払いに。……払いにっていうか、いや正確には預け入れをしたかったんだけど、もう別にそれはしなくてもいい、カードが戻ればなんでもいい。
銀行に行く前よりだいぶ下がった任務のハードルにがっくりしながら、私は翌日再びATMに向かい、受付の人に何度目かわからない残念な顔をされながら、無事自分のクレジットカードを奪還したのであった。