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ニュージーランドでの日々を書いています。

体力平均以下の女がファームジョブをしたら腰が死んだ話

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初夏のニュージーランドで、いちごファームで働く。
なんと爽やかかつ甘酸っぱい響きだろうか。
最初はそう思っていた。

ファーム仕事は初めてだし、それに近い経験なんて日光でいちご狩りした記憶くらいしかない。体力もあまりあるほうではないが、まあ少なくともいちごなら筋力はあまりいらないだろうし、慣れれば楽しくなってくるかもしれない。
いちご味見とかできるのかなあ。ニュージーランドだし小動物とかも見かけたりするかなあ。
最初はそう思っていた。

そして初日の1時間でその甘すぎる目論みは崩れ去った。
到着早々荷物を置き、長靴をダフダフさせながら畑に直行したのだが、
地面に生えているものを採るため、立ったまま腰を折り曲げた状態をキープ。
1レーン上をできるだけ素早く移動し、左右両側のいちごを採り続ける。

これを1日平均6時間ほど続ける。

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筋力がどうとかじゃなくてもう腰が死にそうに痛い。
そして背中に当たる直射日光と長靴により上下に暑い。どこにも逃れられない。
いちご味見できるかなぁとかもはやそんなんどうだっていい。小動物が出てきたところでテンションが上がる余裕もない。腰が痛くて足が止まれば後ろからスタッフにHurry up!と怒られる。最初の頃は律儀に毎回「Sorry」などと言っていたが、2週間経つ頃には「Ok」とだけ返し、黙々とイチゴを摘んだ。サボりたくてサボっているわけじゃなくてスピードを上げようにも上がらんのだから仕方がない。クビにしたきゃクビにしてくれ、少なくとも腰には良い。
いやいっそ今すぐクビになってもう一刻も早く帰りたい。そしてベッドに静かに横たわって安静にしていたい。吉良吉影は静かに暮らしたい。ただもし私が同僚で、吉良がいちごファームで働こうとしていたら全力で「やめとけ、やめとけ」と止めるだろう。

大粒の雨が降っていてもそこにイチゴがある限り早朝から出勤なのだが、木陰も何もない畑にカッパ装備のみで降り立ち、足元の泥に足を取られ、痛む背中を丸めつつ濡れて重く冷たくなったグローブを震わせながらイチゴを採る。晴れの日は背中と足元が暑くてしんどいが、雨の日は足元が泥沼化して長靴がはまって動けなくなるのでさらにしんどい。
イチゴ畑の中で足が抜けずに固まる私はまるでバグっているゲームキャラだ。絵面的には面白いのだが、ただでさえ足を動かすたび腰に痛みが響く状態で、足を動かしても体が前に進まないというのはまあまあ地獄である。早く仕事を終わらせて腰を労りたいという気力のみで足を動かしているのに、腰の痛みだけ留まって前に進まないって一体どういうことなんだ。しかも本人は必死なのに周りから見たらただ棒立ちして休んでいるように見えるので仕事中の体裁としても最悪である。
農家の人って本当にすごい。皆もっと平伏しながら農作物を食べるべきでは、と髪の毛から滴った水が容赦無く鼻の穴に入るのを拭いながら思った。


仕事時間はフルーツの種類やファームによって異なるが、私たちがいた場所では毎朝6時から仕事が始まり、だいたい12時〜2時くらいに仕事が終わるのが常だった。朝早いのはしんどいが、仕事が終わった後に自由時間がたっぷりあるのはいい所である。仕事終わりに仲間たちと這いながら宿に帰り、昼寝をして蘇生してからバスに乗り、カフェに出かけてもまだ外が明るいくらいの余裕がある。間に昼寝を挟んでいるので、1日の中にdead day と alive dayが2日あるような感覚だった。前半パートが嫌すぎる。
ファームについている宿には他に数人の日本人、アジア人、白人がいて、人種は違えども皆いい人で、そして皆一様に腰を痛めていた。多国籍かわいそう集団か。
ちなみに私がいたところでは、宿に泊まっている者は基本週6日出勤、外から来ている人は日によって来ていたり来ていなかったりした。外から来ている人の中には(たまたまだったのか恒例なのか分からないが)出会い目的の人もちらほらいて、日本人女性が一人でいるとかなりの確率で声をかけられる。私の友人は隣のレーンの人に「そこイチゴ採り忘れてるよ」と言われて見たら葉っぱの間に名刺が置いてあり、隣人の顔をもう一度見たらバッチリウインクされたらしい。これは顔がタイプだったらときめきシチュエーションなのでは、と一瞬考えて脳内で私も試してみたが、葉っぱの間に刺さる名刺がおもしろシュール画像すぎて無理だった。もちろん友人はひたすらドン引いていて気の毒だった。お持ち帰るのはイチゴだけにしろ。

そして友人とその隣人の様子を横目で窺いつつ腰を庇いながらイチゴを採っていると、私の後ろにはまたもスタッフが仁王立ちで立っており、睨みながら「You are late」とか言ってくるのである。はいどうもすいませんでした。こちらもウインクしろとは言わないが、せめてもう少し朗らかであれよと思った。雇う側としてはそりゃあ知ったこっちゃないだろうが、こちとらビザ変更により急遽ファームに来ることになってしまったトレーニング不足のご老体なのである。激痛の腰をさすりながら振り返ったら身体大きめの男性が腕組みしながら睨んでくるの、嫌すぎる。わしゃピラミッド作りの奴隷か。

なんだか悪い所ばっかり書いてしまったが、もちろん全てのファームがこうなわけではない。
私が行ったところはお世辞にも腰に優しいとは言えなかったが、ファームによってはいちごのプランターの高さが腰くらいの高さになっていて腰を屈めなくていいようになっているところとか、手押し車的なものが使える等、身体的負担が少なく収穫できるようになっているファームもあるらしい。私が行ったところはお世辞にも人に優しいとは言えなかったが、ファームのスタッフが優しいところももちろん沢山あるだろうし、この感想は人にもよるだろう。あくまでも私がここに書いているのは一つのファームに(筋力体力共に平均以下の)一個人が行った際の記憶なので、私が行ったファームのことは嫌いになってもいちごファーム全体のことは嫌いにならないでください。いかん、公平な注釈を加えたかったのに漏れ出た私怨により結局ただの悪口になってしまった。大変申し訳ありませんでした。あのスタッフまじ覚えてろよ。


ルームメイトの日本人女子と湿布を分け合い、宿仲間のドイツ人に痛みに効くストレッチを教えてもらい、皆で腰痛に唸りつつ数週間を過ごしていたある日。
去年もファームジョブの経験がある日本人の仲間から「ブルーベリーは屈まないからイチゴより収穫が楽」という情報を聞き、私はひっそりとブルーベリーファームへの移動を検討し始めた。

ブルーベリーファームは毎年11月から募集を始めるとのことで、シティからは遠く離れた(バスで8時間)、Hastingsという場所にある。
しかし今より腰に優しい、しかも近くに宿もついているということで、ブルーベリーファームが働き手を募集し始めた瞬間、私は移動に向けて動きだした。そして速攻で辞める意思を伝えて荷造りに勤しみ最終日まで無心でイチゴをむしり、振り返らずにファームを出た。

さよならイチゴファーム。
別にイチゴに罪はないのだが、しばらくイチゴを買うことはないだろうと思った。